
我が家は、夫婦と娘2人の4人家族です。長女の小学校受験を本格的に決めたのは、本番までわずか5ヶ月前のことでした。仕事を優先し、当初は受験に前向きではなかった私たちですが、家族で話し合い、限られた時間の中で挑戦することを決意しました。倍率約10倍とも言われる難関小学校に合格するまでに、家庭でどのような準備をし、受験塾で何を学び、親子でどのように変わっていったのか。小学校受験を迷っているご家庭にも参考になる、リアルな体験をお伝えします。
小学校受験を意識しはじめたのは、2023年の冬。親しい友人家族が受験を終えた報告を聞いたことがきっかけでした。夫は自身も私立小学校出身で、受験は自然な選択肢。一方で、私は公立育ちで、小学校受験はどこか縁遠く、「親の受験」という印象に正直抵抗もありました。
そんな中で印象に残ったのが、「受験は、子どもを通して家族の在り方を見られている」という友人夫婦の言葉でした。受験は単なる進学準備ではなく、家族の価値観を揃える機会になるのだと知ったのです。
2024年4月。娘は年中になり、周りでも受験の話が飛び交うようになりましたが、当時の私は仕事に夢中で、自分から受験の話を切り出すほどの気持ちには、正直なれずにいました。
そのまま時は流れ、2025年2月。家族のような友が闘病の末に亡くなり、その別れを経験したことで、自分の人生における優先順位や時間の考え方が大きく変わりました。「いつか」ではなく、今、家族との時間を大切にしたいと思うようになりました。
ちょうどその頃、夫が娘と話し合い、本人にも受験したい気持ちがあることを知りました。本人の意思があるなら、挑戦しない理由はありませんでした。私たちは二つだけ約束して受験を始めました。
一つは、家族にとって良い機会になる挑戦にすること。もし家族にとって悪い影響が出るようであれば、いつでもやめる覚悟を持って始めること。
もう一つは、本人の「やりたい」という気持ちを何より大切にすること。娘がやめたいと決めたときは、無理に続けさせないこと。
こうして、受験本番まで残り5ヶ月という、一般的には遅すぎるタイミングで、我が家の小学校受験が始まりました。
はじめて受験塾の体験授業を受けた日。保育園にいつもより早く迎えに行き、「習い事」に通う。それは娘にとっても私にとっても、はじめての経験でした。嬉しそうに飛び跳ねながら部屋から出てくる姿が、今も印象に残っています。
そして何より感動したのが、椅子に姿勢よく、誇らしそうに座っている娘の姿でした。目がとてもキラキラしていたのです。「受験=型にはめて個性を潰してしまう」という私の中のイメージは、この時点であっさり塗り替えられました。そんな固定観念で受験を捉えていた自分が恥ずかしくなるくらい、娘は楽しそうだったのです。
一方で、授業後に先生から現実的な話もありました。まだ志望校も定まっておらず、倍率の高い学校への挑戦をこの時期から始めるには、親の相当な覚悟が必要になる。その言葉に、一気に現実に引き戻されたことを覚えています。それでも、娘の楽しそうな姿を見て、「ここから挑戦してみよう」と決めました。
受験塾では、数や言葉、図形などを扱うペーパー学習だけでなく、「行動観察」と呼ばれる集団行動、はさみやのりを使った制作、さらに挨拶や姿勢、季節や行事といった生活習慣や一般常識まで、幅広い内容に取り組みます。その内容の多さに正直驚き、小学校に入る前にこんなことまで学ぶのかと、親の私の方が戸惑ったほどでした。さらに学校ごとに出題傾向も異なるため、志望校に合わせた塾選びやカリキュラム選定が重要になることも、この時初めて知りました。
そして実際の授業で目にした娘の姿に、思いがけない成長を感じることになりました。授業の中で、分かることには張り切って手を上げ、分からないことは「分からない」と堂々と伝える。先生の話を聞きながら、自分の順番を静かに待っている姿にも、こっそり私だけが驚いていました。保育園生活のなかで、娘はちゃんと育っていた。日々の生活の中でちゃんと吸収していたのだと気づきました。
とはいえ、毎回順調だったわけではなく、疲れて「今日は行きたくない」と言う日もありました。時間が迫っている焦りと、思うようにいかない娘の様子に、ひとり不安や焦りが募ることもありました。その気持ちを娘にぶつけても逆効果だということも分かっていたので、どうしたら娘が楽しく通えるのかを考えるようになりました。例えば、塾の前にカフェで一緒に予習する時間をつくり、それを「秘密の特訓」と名づけたり、問題が解けるたびに好きなシールを貼れる“特別なシール帳”を用意したり。そんな時間は、娘だけでなく、焦る気持ちを抱えていた私自身の心を整える時間にもなっていたのだと思います。
ある日の塾の帰り際、11月までの月間カレンダーを渡され、ラストスパート5ヶ月の現実を突きつけられました。やるしかないと思う一方で、「本当に間に合うのだろうか」という不安の方が大きかったのを覚えています。
頭の中では「どうやって時間を作ろう」と、現実的な不安ばかりがぐるぐると巡っていました。親の私の方が、すでに焦っていたのだと思います。
そんな時、塾の授業で行われた面接練習の中で、印象的な出来事がありました。「最近、お母さんに怒られたことはありますか?」という質問に、娘は少し考えてから「ありません」と答えたのです。大切なことはその都度伝えているつもりでしたが、その答えを聞き、伝えている“つもり”になっていただけかもしれないと、はっとさせられました。それ以来、ただ注意するのではなく、何が起きていたのか、娘はどう感じていたのかを一緒に考える時間を増やすようになりました。
子どもを通して家族そのものを見られているのだと実感した瞬間でした。
振り返ってみると、いちばん大きく変わったのは娘ではなく、私自身だったのかもしれません。これまでどこか「教える側」に立っていた関わり方から、一緒に悩み、一緒に考えながら伴走する関わり方へと、少しずつ変わっていきました。
そしてもうひとつ、夫婦の関係にも変化がありました。合格というひとつの目標に向かって、それぞれの役割を担いながら挑戦する中で、いつしか私たちは同じ目的に向かう“チーム”のような存在になっていったのです。週末の夜には家族で絵日記を書くことが習慣になりました。書き方を教えるのではなく、私たちもそれぞれに書き、発表し合う時間にすることで、家族で同じ挑戦に向き合っていることを実感しました。また、塾の予定が急遽変更になった日には、妹を迎えに行った足で、「頑張っている娘たちの息抜きに」と、キックボードができる場所まで連れて行ってくれたこともありました。状況に応じて自然と役割を補い合える関係になれたことは、私たち夫婦にとって大きな財産です。こうして、家族と、支えてくださる先生方も巻き込んだチーム戦が本格的に始まりました。
次回、vol.2では、塾に通い始めてから一気に変わった、我が家の怒涛の1週間スケジュールを、具体的にご紹介します。
この記事を書いたのは
杉浦真弓|Mayumi Sugiura
新卒で大手広告代理店に入社後、地方中小企業の創生事業に携わる。ウェディング事業の創業期に参画し、結婚式のプロデュース、営業統括、ブランドマネージャーを経験。その後、広報/PR会社の経営に従事。昨年、最愛の友との別れをきっかけに生き方を見つめ直し、現在は二児の母として家庭を軸にプロジェクト運営に携わる。日々の気づきや大切な記憶を言葉に綴っている。